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 ゆっくりチャンネル

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男一人旅「厚狭をめざして(2)」

 

我が家から約900km

やっとここ、山口県山陽小野田市「厚狭」へ到着しました。

「寝太郎伝説」で有名な場所となります。 

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厚狭には厚狭川があり、ここにかかる橋は

 鴨 橋 です。

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ここの街道は昔昔から利用されてきた旧山陽

道です。

 太古の昔からの旧山陽道であり、

平安時代には菅原道真太宰府に流された

 時に通過した怨念の街道。

 そして豊臣秀吉が九州へ赴く時、黒田 

官兵衛も、毛利軍も、高杉晋作も、みんな

この旧山陽道を利用してきたのです。

残念ながらこの鴨橋は、厚狭川の氾濫に

より、今年に新しい橋に付け替えられま 

した。 ゆえに

 この写真はかなりレア物(笑)!!!

もはや二度と撮影できない写真となりました !!! 

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江戸時代の毛利氏は現在の山口県萩市にありましたが、毛利 氏には飛び地として、岩国

とここ、厚狭にもあったのですよ。

 ここは「厚狭毛利」として、「殿町」には毛利氏、そして家老職は「鴨の荘」地区に

住居がありました。

 「鴨の荘」地区には家老として熊谷氏がお

り、江戸時代の発展を支えてきました。

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熊谷氏も分家が増えこの地区には立派な

武家屋敷を見ることができます。 

そ~っと門までしのび寄ると熊谷~の 

表札が掲げられています(大満足)。 

熊谷氏は毛利元就の時代よりの代々の 

家老職を務めてきた家柄となります。 

なお、毛利氏は平安時代の 藤原貴族の

 分家である、大江広元が祖となります。

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 山口県島根県広島県など・・・西国にはこの赤い屋根瓦が目立ちます。

 いわゆる石州瓦と呼ばれている瓦の様です。

  特にこの「鴨の荘」の住宅はこの瓦が目立ち

 私としては見たことのない風景が田園一杯

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 に広がっています。

 来世はこの辺に生まれようかな~

ここ「鴨の荘 」の名称はだいたい想像

つく方がいると思われますが、平安時代

には京都の鴨神社の荘園となったいた 

場所であり、現在でもその面影を残す

感じで、豊で広大な田園地帯が広がって 

います。 

 頭の中に描いていた荘園とはこんな感じ

 だったのか--素晴らしいの一言!!

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 この様な大邸宅が田圃の中に・・・・

ド-ンと見られ、他の地域ではあり得ない

 風景となっており、不思議だ- 不思議だ-

と思いながらカメラは大忙し!!!